小学4年生のときに初めて日食を観測。
その2年後、インドネシアで5分を越える大皆既日食をテレビで見たことが、皆既日食への思いを強くするきっかけとなる。
大学2年生のとき、1991年7月11日ハワイ島(BigIsland)で初の観測時に大きなプロミネンスの撮影に成功。
4年後の1995年10月24日タイ北部での観測でコロナの撮影に成功する。
さらに4年後の1999年8月11日、ブルガリアでの観測時に撮影したコロナの写真が学術的に高い評価を受け、学術研究の論文に掲載される。
2001年6月21日アフリカ・ザンビアでの皆既日食において、日本学術観測団のメンバーとして参加。
そして今回レポートとなった、2009年7月22日日本・北硫黄島沖での撮影も見事に成功された。
下条先生には、2001年2月から能開センターの講師として教鞭をとっていただいている。


2009年7月22日。
日本の領土内では1963年(昭和38年)7月21日に北海道・知床で見られて以来、実に46年ぶりとなる皆既日食を観測するため、私は子供と共に大型客船に乗船し、北硫黄島近海に来ていた。出発前に、今回の日食撮影についての計画を立て、撮影行程の手順を何度もシミュレーションして観測当日を迎えた。
日食当日の気象については別項にて報告するが、薩南諸島方面の悪天候によるうねりが小笠原の海にも及んでいた。
10時01分に第1接触が始まるので、観測場所には8時30分には入った。余裕を持って準備に臨んだつもりだったが、子供達もいるため、まず直射日光から身を守るためのタープ(日差しを防ぐためのキャンプ道具)を張った。『これで安心…』と、次に望遠鏡のセッティングに入った。ところが、機材の用意は済んで、視野に太陽を導入しようとするも、なかなか入ってはくれない。やはり、うねりの影響は予想以上だったか…と焦りが出てきた。(波高は、当初は2~3mはあろうかと思っていた。しかし、凪ではないにせよ1m前後はあったようである。にも関わらず、部分食中に300mmの視野でも外れてしまうことが多かった…雄大積雲が至る所に発生して、所によってはスコールが発生していた。どうやら、日食中も雲から逃れるために、舵を何度も切り返して、蛇行しながらの航海をしていたという。)
太陽を探しているうちに、10時01分…第1接触の時間が過ぎてしまった。日食グラスで観察している純平が上の方から欠け始めていることを教えてくれた。視野に導入ができたのは、欠け始めから20分も経った、10時20分過ぎのことだった。出発前に立ててきた計画も、完全に吹っ飛んでしまい、タイムテーブル通りに撮影ができなかった。視野に太陽が入り、揺れが少ない瞬間を待ってはシャッターを押していくしかなかった。







